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焼き物/陶器/陶芸作品の販売 >> 本間文江 >> エッセイ >> 窯を焚く

 「手あぶり猫」作家本間文江のエッセイ集

このページでは「手あぶり猫」の作家である岩手県の若手陶芸家本間文江さんが
河北新報夕刊の文化欄「微風 旋風」に連載したエッセイをご紹介しています。

窯を焚く(2008年4月29日掲載)

 「酒さえあればいいかな」

 「飲んべえは塩をなめながら酒を飲むっていうよ」

 窯焚(た)きを始めるとき、窯神様にお神酒と塩を供え、窯焚きの安全と成功をお願いするのだが、塩を持参するのをよく忘れ、こういう話になる。わが家の窯神様は、たいそう酒好きということになっていて、本来のお神酒と塩の意味はどこかにいってしまう。酒のさかなも必要か、としぶしぶ塩を取りに戻る。

 わが家では、今、窯を焚いている。春の窯焚きは恒例の行事だ。いつもは新緑の中で焚くのだが、今年は例年より早く、桜の開花とともに火が入った。わが家の薪窯は古くからの穴窯だ。仕事場の奥の傾斜に横たわっている。普段は、抜け殻のようだが、火が入ると、生命が宿ったかのように、ごぉーっとうなりながら火を噴く。

 窯焚き中は交代で窯の番をする。窯の前に簡易のお座敷を設け、食事もそこでする。夜は飲んべえの窯神様を囲み、みんなで晩酌をする。窯の中を走る炎の音は、窯神様が喜んで、のどを鳴らしているようだ。窯の前で楽しくお酒をいただくと、いい作品がたくさん生まれるような気がする。

 私は、真夜中の窯焚きが意外と好きだ。焚きながら本を読む。星のきれいな晩は斜面に寝転がってみる。窯の前に座り目を閉じると、薪のはじける音が打楽器のアンサンブルのようだ。四月は木琴の上を転がるようなカエルの合奏が加わり、心地よく、私は何度も眠りの落とし穴に落ちそうになった。裸電球の明かりが頼りなく吸い取られてしまいそうな、真っ暗な夜の窯焚きは怖い。見えない所から聞こえる音に敏感になる。闇の中で膨らんだ音が、私を押しつぶそうとするのだ。

 窯焚きが後半に入ると、みんな疲れて石のように無口になる。窯の温度はますます上がり、私は焚き口からのぞく高温の世界にうっとりする。炎の海を泳ぐ作品がどのように出てくるか、楽しみになる。あとは窯出しを楽しみに、ひたすら薪をくべるのだ。

制作過程 ページトップへ 火鉢のしくみ